海外日本食 成功の分水嶺(133)居酒屋「照(テラ)」〈上〉

連載 外食 2021.10.11 12307号 03面
居酒屋「照」バンコク店と現地社長の内川智貴さん=タイ・バンコクで小堀晋一が9月20日写す

居酒屋「照」バンコク店と現地社長の内川智貴さん=タイ・バンコクで小堀晋一が9月20日写す

●コロナ禍でもバンコクの繁盛店

タイ・バンコクのスクンビット地区で、コロナ禍にもかかわらず短期間で繁盛店に上り詰めた日系飲食店がある。九州・福岡を拠点とする居酒屋「照(テラ)」グループ。そのバンコク店は昨年7月にオープン。今年1月に感染拡大で飲食店が一斉に閉鎖されるまでのわずか半年の間に、予約が取れないまでの店としてにぎわうようになった。

現地法人の社長は福岡出身の内川智貴さん(32)。タイ進出の立ち上げ時から陣頭指揮を執っている。コロナの影響はタイでも深刻で、2年目の今年は店内で通常営業ができたのは2月から3月にかけてのわずか1ヵ月だけ。それ以外はアルコール類の販売は全面禁止。ほとんどの期間で店内営業(飲食)も全くできなかった。

飲食店各店は、注文を受け料理を客宅に届けるデリバリー(宅配)に一斉に業態をシフトした。だからといって、需要が一気に増えるわけでもなかった。限られた少ないパイを、宅配市場に流れ込んだ店が奪い合う熾烈(しれつ)なデリバリー戦争が勃発した。テラ・バンコク店もそれを強いられた。

それでも黒字を保つことができたのは、開業から一気に浸透したブランド力と機動力があったからだ。福岡の飲食市場で鮮魚と煮込みで名を上げたテラ・グループ。その料理の品質の高さはバンコクで暮らす日本人駐在員らのハートをもわしづかみにした。口コミが口コミを呼んだ。こうした客がコロナ禍の注文を支えてくれた。

もう一つは、自社配送を行うことによってコスト削減が実現できたことだ。伝統的な出前文化のある日本とは異なり、タイでは屋台や店で自ら買って持ち帰るのが当たり前。宅配するには、専門のデリバリー業者に依頼するしかなかった。

ところが、業者の手数料は料理代金の3分の1を占める。粗利が一気に失われる計算だった。売れば売るほど赤字になる。そんな店が少なくなかった。

テラ・バンコク店では2店舗あるうちの1店舗を閉め、調理場を集約。十数人いるタイ人スタッフの半数をバイクの宅配要員に切り替えて、難局を乗り越えた。結果、多くの飲食店で赤字営業が続く中、異例ともいえる黒字化を達成することができた。

とはいえ、タイに進出を決め準備を始めた当初は苦難の連続だった。2019年5月、バンコク店はスクンビット地区から鉄道で20分ほどのアーリー地区に開業する予定でいた。ところが、入居する賃貸物件をめぐって想定外の相続トラブルが発生。営業許可の得られる見通しが立たなくなった。店は明日にでも開業できる状態だった。

営業許可が出なければ、労働許可証も得られない。内川さんはやむなく撤退を決断。現在のスクンビット地区に移り出店準備を再開させた。この間の損失は数百万円規模にも上った。

爆発的な感染者を出したタイのコロナ第3波も間もなく収束の見通しだ。その渦中にあって理想的なスタートダッシュが切れたと内川さんは安堵(あんど)している。一方で「たまたまと言われないように先手先手で攻めないと」とも。そう語って表情を引き締めた。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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