海外日本食 成功の分水嶺(87)米福&エイオス(タイ王国)〈上〉

総合 連載 2019.11.20 11973号 03面
顔の見えるあきたこまち栽培を行っているソンポンさん=タイ・チェンライ県で小堀晋一が10月13日写す

顔の見えるあきたこまち栽培を行っているソンポンさん=タイ・チェンライ県で小堀晋一が10月13日写す

●タイでおいしい日本米を

一面に青々と広がる稲穂の海。順調に生育すれば、稲刈りまであと2ヵ月と少し–。ここはタイ最北端チェンライ県にある水田。植えられているのは、日本で品種改良され誕生したおなじみの日本米ブランド「あきたこまち」だ。

田んぼを管理するのは、日タイ合弁の農業生産会社「米福&エイオス(タイ王国)」。この場所を含む第3期の水田計500ライ(1ライ=1600平方m)の運営は今年始まったばかりで、来年8月ごろから本格的な出荷が始まる予定だ。まずは、バンコクや第2の都市北部チェンマイの飲食店やスーパーなどの流通ルートに乗せたいとする。

田んぼのすぐ脇に立つブロック造りの管理棟兼精米所で寝食し、近くにある生産委託農家との橋渡し役を務めるのは、同法人のゼネラル・マネジャーでタイ人男性のソンポンさん(32)。「朝起きて稲の状態をすぐに確認できる。市街地に住む必要は全くない」と真っ黒に焼けた笑顔で話す。その脳裏には、1年の農期を細かく分割して立てた綿密なあきたこまち生産の事業計画が刻まれている。

日照量や気温など日本の夏場に似ているとされるチェンライの気候。これまでもタイ産日本米といえば、同県をはじめもっぱら北タイ一円で栽培が行われてきた。しかし、一般的なタイ米と同様に出荷時期は年間を通じてほぼ固定され、貯蔵や流通といった技術的な問題から風味やおいしさの点でも収穫後の劣化が指摘されてきた。「いつでもおいしい日本米をタイ国内で提供できないか」。ここにソンポンさんたちの取組みのきっかけがあった。

熱帯にあるタイでは年間を通じてのコメ作りが可能。1回の田植えから収穫までは115~135日が平均的で、うまく生産すれば同じ田んぼから1年に最大で3回の収穫ができる。そこで考えられたのが生産時期を田んぼごとに少しずつずらし、年間を通じて常に収穫期にあるといった田んぼ作りだった。

毎月のように収穫期が訪れれば、消費者や市場には常に香り豊かな“新米”を届けることができる。栽培作業を請け負う近隣農家の一時の労働量も軽減され、稲への監視の目も行き届きやすくもなる。そして何よりも、常に仕事があって安定的な収入にもつながる。

「そのためには、コメの計画的な受注体制が欠かせない」とソンポンさん。栽培の方針、田んぼの現況、稲の生育状況といった情報をリアルタイムで発信。「生産者から流通、小売、そして消費者まで顔の見える生産体制」が必要と奔走した。最終消費者から受け取る年間計画もめどが付いたことから、タイ国内向けの事業化に着手することにした。

すでに隣接するパヤオ県の第1期と第2期の田んぼでは数年前からあきたこまちの収穫は始まっており、シンガポールやマレーシアなどの国外向けに輸出されている。日本米の中でも粘り気が少なく粒が大きいなど長粒米に似た食感に、人気もうなぎ登りだ。タイでも和食や寿司店などで需要があるとみている。

安全・安心のニーズを受け、一部では有機栽培も始める予定だといい、さらに忙しい時を過ごすソンポンさん。「農家も中間事業者も最終消費者も、皆が潤える生産体制をタイで構築させたい」と話している。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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