海外日本食 成功の分水嶺(157)鉄板焼肉専門店「博多アイアンマン」〈上〉

連載 外食 2022.12.23 12511号 04面
一品勝負でタイ進出を果たした「博多アイアンマン」と現地統括マネージャーの俵新一郎さん=タイ・バンコクで小堀晋一が11月23日写す

一品勝負でタイ進出を果たした「博多アイアンマン」と現地統括マネージャーの俵新一郎さん=タイ・バンコクで小堀晋一が11月23日写す

●世界の市場を取りに

ニンニク風味の効いた熱々のキャベツの上に、一口サイズにカットされたうまみのある豚肉。そこに秘伝の味噌を絡めて頬張れば、炊きたての白いご飯が欲しくてたまらなくなる。たったそれだけのシンプルな大衆食なのだけど、それでいてどこか奥が深い。そんな福岡・博多発祥のB級グルメが鉄板焼肉。正確な起源はよく分かっていないが、半世紀以上前には誕生していたという博多っ子のローカル料理だ。

この、知る人ぞ知るソウルフードを引っ提げ、東南アジアのタイ・バンコクに2022年4月に出店したのが「博多アイアンマン」。博多を中心に福岡県内に6店舗を展開。初の海外店舗となったのが「タイ・トンロー店」だった。

少子高齢化に伴い縮小する日本の市場。「世界の市場を取りに行かないと」という危機感から海を渡る決意を固めたのは、コロナ禍真っただ中の21年9月のことだった。白羽の矢が立ち現地統括マネージャーを務めることになったのは、立ち上げからのメンバーの一人、俵新一郎さん(48)。「今が海外進出の時期」と社長に進言したところ「じゃあお前が行け」と赴任の背景を明かしてくれた。

そうした経緯があったからだろう。「失敗したでは済ませられない」と妻子を郷里に残し、自らは単身赴任を決意。任期も無期限とし、成功するまで日本には帰らないと、自分自身を背水の陣に追い込む毎日だ。朝起きてから夜寝るまで考えるのは、売上げアップのことばかり。「旅行に行ったり、遊んだりする気持ちにすらなれない」と奮闘を続けている。

博多アイアンマンの最大の特徴は「一品勝負」。2倍盛、3倍盛といった量のバリエーションはあるものの、メニューは肉とキャベツの「スタミナ鉄板」のみ。わずかなトッピングなど以外に、サイドメニューも一切置かない徹底ぶり。絶対の自信があるからこそできる芸当だ。

福岡のソウルフードと言いながら、実は博多地区を中心としたごく狭い地域でしか知られておらず、地元では単に「焼肉」の名で通っている。俵さんも「家ではまず食べない超ど級B級グルメ。店でしか食べられないから、お客さんも病みつきになる」とリピーターの再来店動機を解説する。

だからであろう。タイ進出に当たって心配されたのは、一品料理だけでも十分に太刀打ちできるだけの新鮮食材が果たして現地で調達できるかということだった。

だが、その懸念も間もなく杞憂(きゆう)に終わる。日系サプライヤーを中心としたタイにある日本食材の供給網は、一昔前とは大きく異なるほどに成長を遂げ、充実している。一部に特別な輸入食材もあるものの、スタミナ鉄板に欠かせない肉やキャベツも日本にいるのと同様に調達が可能だ。

「目標はずばり多店舗展開」と俵さんは今日も店頭に立つ。福岡出身の駐在員らを中心になじみ客も増えるようになった。新型コロナによるデリバリー需要も結果として後押ししてくれた。「後は実直に続けるだけ」と淡々と話すあたりに、静かに秘めた決意のほどを感じた。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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