海外日本食 成功の分水嶺(128)日本式焼肉&寿司居酒屋「乾杯2」〈下〉

外食 連載 2021.07.28 12267号 03面
濤川雄太さんが引き継いだ「しゃかりき432“セカンドロード店」=タイ・バンコクで小堀晋一が昨年10月19日写す

濤川雄太さんが引き継いだ「しゃかりき432“セカンドロード店」=タイ・バンコクで小堀晋一が昨年10月19日写す

●旬の日本食材をタイ地方にも

タイ東部の観光地パタヤ市郊外に7月にオープンしたばかりの日本式焼肉&寿司居酒屋「乾杯2」。オーナーの濤川雄太さんは、タイを中心に多店舗展開する居酒屋チェーン「しゃかりき432”グループ」の元メンバー。7年余り勤めた後の2019年10月、自身の会社「しゃかりき73」を立ち上げ、独立した。

繁華街中心部に構える主力の「しゃかりき432”セカンドロード店」と、近くの商業モールに入居する1店舗、それに隣町のシラチャーの施設にある計三つのしゃかりき店を実質的なフランチャイズ店として引き継いだ。あとの2店舗の出店はいずれも、施設を開発運営するデベロッパーからのオファーだった。

ところが、昨年3月下旬から始まった新型コロナ規制により客足は激減。入国規制により外国からの観光客が完全に途絶えたことも大きく影響した。パタヤ市はロックダウン(都市封鎖)に踏み切り、売上げは最大で95%のダウンとなった。1日1000バーツ(約3400円)に満たないという日さえあった。

それでも何とか持ちこたえてきたものの、今年1月からの感染第2波、同4月からの3波で体力も限界を迎えた。セカンドロード店を除く2店舗は、相次いで閉店を余儀なくされた。その中で最も気に病んだのが、閉店によって仕事を失うスタッフたちの今後の生活だった。

彼らの暮らしを支えるためにも、今こそ温めてきたプランを実行すべきと考えた。「今やらなくて、いつやるの」とも。こうして始まったのが新店の出店計画だった。初めてとなる独自ブランドの店には、旧店の多くのスタッフが残ってくれた。6年以上共に働くメンバーもいた。

関西出身者がほとんどの「しゃかりきグループ」にあって、濤川さんは数少ない関東出身者。日本最大の漁港がある千葉・銚子が生まれ故郷だ。新鮮な海の幸に囲まれて育ち、語学勉強のため渡航したオーストラリア・シドニーでも飲食店で働いた。帰国後に就職した会社でも、農業関連の食にまつわる業務に就いた。

その農業関連の会社で、タイへの出向を命じられたのは29歳のときだった。タイ産マンゴーの日本向け出荷や、タイ産の日本野菜をスーパーや飲食店に卸す仕事に携わった。その営業先の一つが、この間まで所属していた「しゃかりきグループ」だった。

顔を出すたびに皆が輝いて働くのが見えた。学生時代にどっぷり漬かった飲食店でのアルバイトの記憶もよみがえった。「この人たちと一緒にもう一度、飲食の仕事がしたい」。1年後、晴れて転職を決めた。

濤川さんは当初から、東部パタヤでの出店に関わりたいという強い思いがあった。港町の景色が、どこか故郷の港に似ていた。「自分にやらしてください」。志願したのは入社から数ヵ月後。こうして、今に通じる暮らしが始まった。

あれから6年余り。晴れて独立した濤川さんは新店開業のかたわら、もう一つの夢に向かって準備も開始している。故郷の食材を使った料理の提供だ。「日本食材が流通するようになったとしても、まだまだバンコクだけ。旬の日本食材をタイの地方にも届けたい」。思いは膨らむばかりだ。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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