海外日本食 成功の分水嶺(167)うどん・お好み焼き・もんじゃ焼き「DONDON」〈上〉
●タイ人客に救われた
タイ・バンコクのスクンビット通りから枝道を一本入った路地の突き当たりに、うどんとお好み焼き、もんじゃ焼きの店「DONDON」はある。2003年2月にオープン、今年で満20年を迎えた。
京都で生まれ育ったオーナーの日置文比古さん(72)は三菱商事の出身。タイ子会社で4年間、駐在員社長として勤務し、帰国後に早期退職。縁あってタイに再渡航することとなり、自分の店を構えた。
第二の人生は居酒屋を営みたいと常々考えていたという日置さん。出店場所こそ海外のタイとなったが、念願の夢は実現。店づくりを楽しんだ。2~3ヵ月ごとに一時帰国しては日本各地を食べ歩き、新メニューを考案。タイに持ち帰って商品化する日々を送った。全てはお客さんが口にする「うまい!」「また来るよ!」のためだった。
とはいえ、刺し身や高級食材など値の張るものは原則として置かない。お客さんの懐具合に優しくないし、それでは集客に限りがあるからだ。だから、提供するのは日本のB級グルメと決めていた。揚げ出し豆腐にだし巻き卵焼きなどはタイ人客からも広く支持されている。
あと数年で区切りの20周年を迎えるという時、コロナ禍に見舞われた。政府によって店内飲食の一切は禁止に。弁当を売ろうかとも考えたが、激しい競争はすでに始まっており、知人を対象にわずかに販売しただけで取りやめた。給与も満額支給は難しくなり、スタッフは自宅での待機を余儀なくされた。移動が制限されたため帰郷さえもままならなかった。店は開店以来最大の危機を迎えた。
こうした窮状を救ってくれたのが、多くのなじみのタイ人客だった。
店内の食事が徐々に解禁される一方で酒類の提供がいまだ禁じられていた時、真っ先に足を運んでくれたのはこうしたお客さんたちだった。
タイでは食事をする時、酒を飲まない人の方が多い。こうした人たちが満を持したかのように一気に来店したのだった。自宅での巣ごもりですっかりストレスをため、外食を楽しもうとする人たちだった。
これらの人々の中に、少なからず日本を旅行したことのある人たちがいた。彼らはそれを思い出し、めいめい写真に撮影してソーシャルネットワーキングサービス(SNS)にアップした。浅草のもんじゃ焼きに、お好み焼き–。今度はそれを見たタイ人客が興味津々、来店するようになった。こうしていまだコロナ禍にもかかわらず、店はにぎわいをみせることに。スタッフたちもうれしい悲鳴を上げた。
以降、コロナ規制がすっかり解除された今も、DONDONは多くのタイ人客でごった返している。平日でも午後6時には満席となることも珍しくない。週末の土日ともなれば、95%はタイ人のお客さん。家族で、カップルで、日本の庶民の味を楽しんでいる。
こうした状況に日置さん自身も「広告や宣伝などは何もしていないのだが」と笑顔の困惑顔。一方で「20年続けてきたからかな」とも。「いらっしゃい!」。今日も低く野太い日置さんの声が響いている。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)