海外日本食 成功の分水嶺(143)とうふ工房「卯の花・チェンマイ」〈上〉

絹ごし豆腐を切る山口薫さん(右)と豆腐を冷水に移す長男・隆一君、奥の後向きが長女・香さん=タイ・チェンマイで小堀晋一が1月23日写す

絹ごし豆腐を切る山口薫さん(右)と豆腐を冷水に移す長男・隆一君、奥の後向きが長女・香さん=タイ・チェンマイで小堀晋一が1月23日写す

●チェンマイで日本の豆腐作る

東南アジア・タイ第2の都市チェンマイ。バンコクの北約700kmに位置するこの古都で、日本食の豆腐の生産が日本と同じ製法で行われていると聞いたら、豆腐好きでなくとも興味を引かれるに違いない。見た目、香り、食感、いずれも本場とそっくりの素朴で濃厚な味わい。作っているのは、タイに移住して四半世紀がたった山形県出身の山口薫さん(57)だ。

取材に訪ねたのはコロナ禍の最中、今年1月下旬のことだった。城壁で囲まれた旧市街地から北に2.5kmほど。閑静な住宅街の中に突如現れたのが、とうふ工房「卯の花」のチェンマイ工場だ。2階建て住宅に併設された工場は、ガレージを改修して建てた真新しい建物。ここで毎週水曜日と日曜日の2回、山口さん一家が総出で豆腐や豆乳、油揚げなどの生産を行っている。

訪問したのは日曜日。午前10時前に門扉を開けて敷地内に入ると、すでに正面の工場には4人の姿があった。山口さん、パヤオ県出身のタイ人妻のリタさん、長男でチェンマイ大学経済学部3年生の龍一君、そして同じ大学に通う人文学部1年生の長女・香さんだ。

前の晩から浸水させていたというチェンマイ産の大豆「チェンマイ60」は60kg。十分に水を吸った豆を日本から取り寄せたというグラインダー(破砕機)で砕くことから作業は始まる。一度に焚き釜に入れられるのは、大バケツで3杯分。破砕したばかりの大豆はほのかな甘みの香りを放ち、これだけでも日本酒のアテになるほど。これを釜の中でゆっくりと攪拌(かくはん)しながら熱を与えていく。

程よく火入れができた後は、絞りの工程だ。上部から加圧する圧搾機が、搾り汁と搾りかすとに分離していく。搾り汁は、このままパック詰めをすれば無添加の豆乳に。搾りかすはおからとなって、おから食品の原料や家畜の餌などに活用されている。

「飲んでみてください」。山口さんが出来たての豆乳を1本差し出した。専用の300ml入りPETボトルに注入された「卯の花・豆乳プレーン」は、まだ人肌ほどに温かい。蓋を開くと一気に大豆の香りが広がった。一口飲んでみる。濃厚でまろやかな味わい。「うまい」。思わず叫ばずにはいられなかった。この日生産した豆乳は200本。最近はひっぱりだこで、瞬く間に売れていくという。

大豆の搾り汁は、この後の工程を経て豆腐へと姿を変えていく。カルシウムのにがりを加えると、絹ごし豆腐に。マグネシウムにがりだと木綿豆腐に。1回の煮炊きで、それぞれ40丁と25丁が出来上がる。木綿用は水分を搾るのでどうしても少なくなる。一部は油揚げに転用される。

工場内の水は、殺菌能力のあるRO水を使っている。逆浸透膜(RO膜)を用いて作られた水で、不純物を除去した高純度の水だ。高地にあるチェンマイはもともと水資源が豊富。いくつも水の流れが、豊かな田園地帯を育んできた。

その水と現地の大豆を使って、日本の豆腐作りを行う山口さん。「タイの消費者にも、もっともっと味わってほしい」と笑顔で話した。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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