海外日本食 成功の分水嶺(131)バー「バガボンド」〈上〉

連載 外食 2021.09.22 12295号 03面
バー「バガボンド」の店内とオーナーの林昌輝さん=タイ・バンコクで小堀晋一が8月17日写す

バー「バガボンド」の店内とオーナーの林昌輝さん=タイ・バンコクで小堀晋一が8月17日写す

●コロナ都市封鎖と禁酒法

今からちょうど100年前の1920年代。米国全土では、直前に成立した禁酒法によって、「酔い」を引き起こす飲料と定義されたアルコール類の製造・販売・輸送などが全面禁止となった。だが、古来人類の嗜好(しこう)品であった酒がどうして一律にシャットアウトができようか。禁酒法時代、米国では非合法に酒を密造し、許可なく、許可のない酒を提供する違法酒場(スピークイージー)が至るところに存在した。ニューヨークだけでその数5万軒に上ったというデータがある。

時代は下って、ちょうど1世紀後。世界は新型コロナウイルスの感染拡大に翻弄(ほんろう)されている。タイでは、2020年4月から断続的に都市封鎖(営業規制)が行われ、感染を引き起こす施設としてレストランやバーなどの飲食店がやり玉に挙げられている。酔いを引き起こし、気分が大きくなりがちな飲酒の場は「密」を生み出す元凶とされ、ありとあらゆる飲食店の棚からアルコール類が姿を消した。酒のない居酒屋、酒類の提供ができないバー。異常な事態が、今年だけでも半年以上も続いている。

バンコクにあるバー「バガボンド」のオーナー林昌輝さん(37)もそんな時代への憂いを隠せない一人だ。今年になって、まともな営業ができたのはわずか1ヵ月。いつ訪れるかも分からない強権解除の日を、ひたすら待ち続けている。その日のための掃除は欠かさない。余った時間を使ってカクテルの作り方をスタッフに指導もしている。そんな中でも心配なのは、飲酒ばかりを悪とすることで生じる“副反応”だった。

「飲食店での酒を厳禁にすれば、誰もがおとなしく自室で一人で飲むとでも考えているのであれば、それは違うと思う」と林さん。案の定、我慢のできない人々は友達を募ってホームパーティーを行ったり、つまみの買い出しのためにスーパーで長蛇の密の列を作っている。

もっとすごい猛者は、断り切れない飲食店に半ば強要して酒を提供させたりもしている。北部チェンマイでは、禁欲生活に耐えられなくなった僧侶が宴会を開き、警察の手入れを受けた。禁酒法時代さながらのスピークイージーもどきが、タイでも生まれようとしている。

こうした異常な事態に、林さんは自ら出演する動画投稿サイト・YouTubeなどを通じて禁酒法がもたらす影響などについて情報提供している。「感染の元凶とされているバーや飲食店でも、感染対策を施すことで営業できる道はあると思う。例えば、入場制限や時間制限をしての営業や、(禁止されている)カクテルの宅配解禁など。一律の禁止では、コロナ対策効果は極めて限定的だ」

だが、タイに限らず日本や少なくない世界の各国では、今なお禁酒を感染防止対策の一丁目一番地と置くケースが少なくない。

9月1日から始まったタイの規制緩和でも、飲食店の店内食事は解禁されたのに、バーなど酒類の提供を中心に置く店舗の営業再開は一切認められなかった。

いまだ出口の見えない一連のコロナ騒動。しかし、林さんに諦めはない。「再開許可となったときに直ちに完璧な営業体制が取れるよう、プロとして毎日を大切にしたい」

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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