海外日本食 成功の分水嶺(150)和食丼専門店「さと丼」〈下〉
●大切なビジネスパートナー
タイで和食丼専門店「さと丼」を展開する日本側出資母体SRSホールディングスの長谷祥子さんは2014年の入社。学生時代のアルバイトから同社で働き、社員となった。学生時代にニュージーランドに語学留学していた経験もあって、入社後は海外事業部を希望。20年3月、晴れて着任となった。ところが、直後からまさかのコロナによる渡航禁止。海外担当でありながら、日本でじだんだを踏む毎日が続いた。
現在の受け持ちはタイ、インドネシア、台湾。今年になって、ようやく渡航も許されるようになった。年末までには新たにインドネシア駐在も固まっている。タイとの間を行き来しながら、東南アジア圏における「さと」普及の第一線に立つ予定でいる。
とはいえ、一人でこれだけの商圏を十分にカバーできるかと言えば、正直に不安が残る。ローカルとの交渉には現地語も必要だ。とりわけ、常駐ではないタイ市場ではビジネスパートナーが欠かせない。その大役を果たしてくれるのが、タイにおける合弁企業「日本亭サト」のゼネラルマネージャー鈴木孝一郎さんだった。
「土地勘があり、マーケティングの分析も緻密」と全幅の信頼を寄せる。中でも出店場所を見極める“目利き”はピカイチと舌を巻くほど。だが、鈴木さん当人にしてみれば、常に選択と不安の繰り返し。外れることも少なくないという。
出店場所を見極める上でのポイントは大きく二つと鈴木さんは言う。一つはターゲットであるミドル・ローのお金の使い方。そしてもう一つが、連載の前回でも指摘した出店場所の価格帯だ。「その地域に住むミドル・ローがどこにお金を使う傾向にあるかは、車の車種や身に付けるアクセサリーなどを見て総合的に判断している。後は周囲と競合しないよう慎重に場所を選ぶ」とも話す。在タイ20年の経験と知見がモノをいっている。
こうして、ミドル・ローを照準とした低価格帯戦略が固まったものの、どうしても薄利多売は避けられない。10~20年という長期的視点に立たなければもうけは得られない。さらには、ファミリーレストランのような潤沢なランニングコストもかけられない。ここに商業施設などのオープンスペースに特化して出店する理由があった。
「機材は原則として持ち込み。場所を借りるだけだから、撤退するときは持って帰るだけ。結果、傷口はずいぶんと浅くなる」と鈴木さん。「さと丼」への業態変更はコスト削減を見据えた展開でもあった。
店舗数が2桁を超えた今、「さと丼」は地方都市での出店にも動き出そうとしている。しかし一方で、「首都圏と地方を同じに考えてはけがをする。バンコクはタイではないという認識が必要」と鈴木さんは自身にくぎを刺す。
所得水準の著しく異なるバンコクと地方都市。首都圏でのノウハウがそのまま地方で通用することはないと断言する。
「タイの地方では、まだまだトラディショナルトレード(伝統的な小売形態)が多くを占める。こうした中で、どのような立ち位置を取るべきか。タイ人の生活や文化を念頭に置いた20年をかけた戦略が必要だ」
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)