海外日本食 成功の分水嶺(169)タイ式豚焼肉店「ヂンヂン・ムーカタ」〈上〉

外食 連載 2023.07.19 12613号 05面
タイ人客の8割は佐賀牛がセットになった食べ放題を注文する。右が内田智行さん=タイ・バンコクで小堀晋一が6月14日写す

タイ人客の8割は佐賀牛がセットになった食べ放題を注文する。右が内田智行さん=タイ・バンコクで小堀晋一が6月14日写す

 ●日本人経営のタイ式豚焼肉が盛況

 タイ式豚焼肉の「ムーカタ」という料理をご存じだろうか。鉄あるいはアルミでできた円錐状の鍋の山肌で豚肉を焼き、裾野にあたるふちのくぼんだ部分で野菜を煮る。「焼く」と「煮る」の両方が一台で味わえるというタイの優れた焼肉・鍋料理。「ムーカタ食べ放題199バーツ(約800円)」などとうたう店は市中はもとよりどんな山奥にも存在し、最もポピュラーな大衆料理の一つである。

 タイ人なら誰もが知るこの料理店を、日本人が新規出店したというニュースがこの春以降、バンコクの飲食業界で話題となっている。静岡県下田市出身の内田智行さん(48)が開業したタイ式豚焼肉店の「ヂンヂン・ムーカタ」がそれだ。店名はタイ語で「本当のムーカタ」ほどの意味。何が「本当」なのか。そのあたりの理由を知りたくて店を訪ねた。

 「タイ全土にくまなくあるムーカタ店と真っ向勝負しようなどとは少しも思っていない」。のっけから控えめに語る内田さんだが、「一般的なムーカタ店に通う客層から少しだけリッチになった人たちを獲得したい」とも。出店は緻密に計算された戦略だった。

 大衆食ゆえに値段が安い半面、屋外に店舗を構え、人手を少なくするためにビュッフェ形式を採るのが一般的。このため、必ずしも衛生的とは言い難く、山積みされた野菜が下層から傷み出すことも。ナムチム(焼肉のつけだれ)鍋の開け放たれた蓋のすき間からは、虫が混入することさえ珍しくはないのが実情なのだ。

 ここに商機を見つけたのが内田さんだ。食べ放題199バーツや299バーツへの挑戦は難しくても、あと少しだけの負担できるようになったタイの中間所得者層はきっと足を運んでくれると、勝負に出た金額は「食べ放題399バーツから」。

 豚肉は、米麹を食べさせた豚を契約農家で生産してもらっている。軟らかく、甘みがあってまろやかな味わい。さらにはエアコンが効いた部屋に、食材やたれの管理も徹底した。衛生的ともあって、タイ人客が連日、大挙して押しかけている。

 その数は内田さんの事前予測をも大きく上回る。「日系の店だから日本人客が多いだろう」と思っていたところ、客の3人に2人はタイ人。しかも多数のグループが多く、食事が中心であることから夕食時には満席の状態が2回転以上もすることも。「まさか、ここまでとは」とうれしい悲鳴を上げている。

 もう一つ、狙いが的中した仕掛けがあった。ムーカタに加え和牛の食べ放題もセットとなった「佐賀牛・ムーカタ食べ放題649バーツから」も提供したところ、売れに売れる事態に。

 提供する佐賀牛は、独自ルートから輸入した本場の味。このところブームとなっている日本旅行で、タイ人消費者も和牛の味を知るようになった。「この価格で和牛が食べられるとは」と驚いたタイ人客が、ひっきりなしに店を訪れるようになったのだ。

 5月にはチュラローンコーン大学の隣地に2号店を、その後も継続して出店を計画する内田さん。勢いに乗って、多店舗展開によるブランド化を進めていく考えだ。

 (バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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