海外日本食 成功の分水嶺(98)居酒屋「恵美須商店」〈下〉

外食 連載 2020.04.13 12038号 03面
恵美須商店スクンビット26店の従業員ミーティング=提供写真

恵美須商店スクンビット26店の従業員ミーティング=提供写真

●新型コロナ、ピンチをチャンスに

2019年11月のオープンから4ヵ月。認知度も高まり、夕方の早い時間帯から満席となることも珍しくなくなった居酒屋「元祖串かつ・恵美須商店」のタイ・バンコクに開業したスクンビット26店。ところが3月下旬、今度は思わぬ非常事態に見舞われた。世界規模で拡大した新型コロナウイルス感染症。非常事態宣言による営業禁止に加え、4月からは夜間外出禁止令が発令されたのだ。

日本でも味わったことのなかった初めての試練。店が開けない。お客を呼べない。そこで始めたのが、弁当の持ち帰りとデリバリー(配達)だった。ただ、他のライバル店と同じことをしていては、注文は集まらない。タイ人従業員らと知恵を絞って考え出したのが、弁当の低価格化と配達エリアの拡大だった。

幕の内弁当に相当する「恵美須御膳弁当」200バーツ(約660円)は、一斉に始まった弁当戦争の中では比較的安価。それ以上に注目すべきは配達料の一律30バーツだ。しかも注文合計額が300バーツ以上で無料に。家庭や職場からの注文に配慮した。

営業店自らが行う出前文化の少なかったタイでは、専門業者による配達サービスが独自に発展。ユニホームを着用したバイクが縦横無尽に駆け回る。ここにも工夫を凝らした。配達用のバイクを調達、従業員自らが客宅まで届けることに。配達エリアも他店より広く設定し、取りこぼしを少なくする戦略だ。

もう一つ、自社内向けにも安心を広げた。店内営業禁止の通達で広がった不安の輪。これを少しでも取り除こうと、ミーティングでは雇用の維持と給与の支給をしっかりと約束。仕事に集中できる環境を整えた。延期となったタイ旧正月(ソンクラン)に合わせて休みも順延。来る旧正月には無事、故郷に帰省できる安心も取り付けた。

「端から見れば限りなくピンチだが、これをチャンスに変えたい」と話すのはマネジング・ディレクターの石田兼一さん。「今だからこそ、できることをしたい」と力を込める。

そこで始めたのが、接客マニュアルの“復習”だった。日本から持ってきた全50ページにもなる営業のイロハ。全ページをタイ語に翻訳し配布していたが、これを一から“再履修”することにした。折しも、2号店の開業準備が進行中。新たに採用した新人研修と相まって、社内教育に力を注ぐこととなった。

仕事にも慣れた先輩が、新たに入店した後輩に教える仕組みを整えた。こうして一人一人が家族のようになっていく関係に、石田さんも目を細める。「従業員のほとんどは、タイ東北部イサーン地方やミャンマーからの出稼ぎの人たち。簡単には故郷に帰ることもできずに、不安になりながらもバンコクで仕事を続けている。だから、彼らだけは絶対に守る」

政府による非常事態宣言の期限は4月30日。劇的な状況の変化がない限り、それまで国内にある全ての飲食店は閉鎖を免れない。延長があるかもしれない。そうした中で、かろうじて残ったのが持ち帰りとデリバリーだ。タイでは今、飲食店が危機的状況にある。元祖串かつ・恵美須商店の弁当配達も、そうした必死の取組みの一つだ。(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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