海外日本食 成功の分水嶺(172)日本家庭料理「みゆき」〈下〉
●年をとっても若くてきれいに
タイ東北部ウドンターニー県で日本の家庭料理を提供する「みゆき」の経営者、タイ人女性のスパラット・カワサキさん(54)は自分の年齢や出身、経歴などを一切隠さない。「これが私。人生はまだまだ続く。ありのままの自分を見てほしいから何も隠す必要がない」と至って自然体。「年を取っても、若くてきれいに。だから、お客さんには芸能人を目指しているって言っているのよ」と、どこまでも前向きだ。
そのためには日本食は最適、欠かせないとスパラットさん。薄味で塩分少なめ。油も少なく、それをカバーして余りあるうまみの文化。毎日定期的に摂取することで、健康に、美容にもよく、頭脳も明晰になると、訪れたタイ人客にも日本食のPRを続けている。肥満や高血圧など生活習慣病に悩む人たちの悩みや相談も受け付ける、自称・日本食の親善大使だ。
店頭には「(当店は)高級レストランではなく、日本の母が作る家庭料理を提供しています」と大きな張り紙。「ウドンターニー県で日本の母の味を食べて行ってください」ともある。日本食は高いというのがタイ国内での一般的な受け止め方だが、そうばかりではないことも知ってもらいたいとも努めている。
実際に店で提供する料理は大半が100バーツ(約400円)以下。おでん1皿100バーツ。お好み焼きも1人前100バーツだ。日本人客も大切だが、価格を下げなければタイ人客の多くは来店できない。外国の食事である日本食は、食べて知ってもらわなければ広まらない。
価格を抑えるため、まずは人件費を節約している。従業員を雇えばお金がかかるため、アルバイトやパートは一切置いていない。買い出しから調理、片付け、清掃まですべてを一人でこなす。店でよく使う食材の豚肉も、なじみの問屋からまとまった量を安価で分けてもらっている。
原価が高い食材などとももちろん無縁だ。人生の半分以上、25年余りを暮らした日本で自分が作り、ふだん食べてきた家庭料理にこだわっている。
だから、メニューは値段が上がらないように極力限定的とし、その日安価に調達できた食材を使って提供する「日替わり品」に魂を込める。時には客が持ち込んだ肉や野菜などの食材で、にわか仕立ての日本料理を作ることもある。「冷蔵庫の中のものを工夫して作る」という、日本の家庭にあるあの感覚だ。
一方で、気をつけているのは衛生面だ。コロナ禍、現金を手で触り、その手で調理するにはリスクがあると、当初から会計は客に任せるセルフサービス方式を採り入れている。収納用の小かごを用意し、そこに現金を入れてもらう。何気ない気遣いは日本のクオリティーを感じさせる。
テーブルが4卓のそれほど広くない店だが、店内の安全を維持するため、料理の提供時も客の協力を呼び掛ける。「料理ができましたら、厨房まで取りにきてください」。給仕や下膳に慌てて、落としたり転んだりなどの事故を防ぐのが目的だという。
「気負ったり、奇をてらったりはしない。いつもどおり、自宅にいるようなくつろいだ空間と食べ慣れた普段料理が提供できれば」とスパラットさんは飾らない。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)