海外日本食 成功の分水嶺(163)北海道寿し居酒屋えぞや〈上〉
●タイ人ターゲットに集客図る
北海道産の海の幸をふんだんに振る舞う寿司居酒屋がタイ・バンコクにある。札幌市に拠点を構え、北海道最大の繁華街すすきのなどで飲食店を多店舗経営するAPRグループ(青木康明社長)がタイで展開する「北海道寿し居酒屋えぞや」だ。14年にタイに進出し、来年には満10周年を迎える。コロナ禍を乗り切った北洋の和食店が、多くのタイ人客でにぎわっている。
バンコクの店舗を運営するのはタイ法人のEZOYA(タイランド)。ここで現場を切り盛りするのが取締役の末武和幸さん(43)だ。日本人が多く暮らすスクンビット地区。その一角に、えぞや本館と同別館、バー専門店余市の3店が集まる場所がある。これら店舗を見回りながら日夜、客の入りや経営戦略を立てるのが末武さんの仕事。タイ事業の決裁権も併せ持つ。
20年3月から始まった新型コロナウイルスの感染拡大は、えぞやの経営も直撃した。売上げは平時の10分の1にまで落ち込んだ。店内飲食が全面禁止されたことから、宅配(デリバリー)だけに営業が限定された時期も。自社配送を強化したり、デリバリー用のメニューを開発したり。「できることは何でもした」(末武さん)
客足が戻ってきたのは、昨年初めになってきてから。現地政府の営業規制や外出規制がほぼなくなり、まずはタイ人客が足を運ぶようになった。
日系企業の駐在員らはなおも日本の本社に準じた行動が求められたことから、感染が少なくなっても歓送迎会などは自粛が続いた。コロナ収束は、日本人客の来店再開には直ちには結びつかなかった。
この時、末武さんが痛感したのは「タイで店を開いているのだから、日本人だけでなくタイ人客をターゲットにしなければ駄目だ」ということだった。そのために、まずはメニューにタイ語を大きく加えた。タイ人客がよく活用するインターネットや検索サイトに広告を出した。現在も広告は、タイ人客向けにしか発していない。
現地の百貨店やモールで開かれるイベントにも積極的に屋台やブースへの出店をした。声が掛かれば、まず断ることはしなかった。今になって、ローカル市場での知名度がものをいうことがよく分かった。こうした結果、最近は1ヵ月に500人を超えるタイ人の来客数を数えるまでとなった。昨年12月には、3店舗合計で過去最高の売上げを達成した。
柱の一つに育ったタイ人客だが、予想を超えて若年層が多いのに気付く。20代後半から30代のおおむね6~8人のグループが中心。会社の同僚、学生時代の友達などさまざまだが、明らかにタイ人消費者層の所得が向上していることが実感できる。「もっと早く気付くべきだった」と末武さんは苦笑いする。
今後の課題は、ファミリー層の獲得だとみる。すでに、未成年客にはソフトドリンクを無料でサービスしている。帰り際には、子どもたちに人気の氷菓の提供も。こうした地道なファンサービスが欠かせないとも考える。10周年を迎える来年までに「盤石な体制を築くこと」が目下の末武さんの課題だ。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)