海外日本食 成功の分水嶺(110)日本食材卸販売「誠屋タイランド」〈下〉

卸・商社 連載 2020.10.16 12132号 03面
誠屋タイランドではコロナ禍でタイ人消費者が多く来店するようになった=タイ・バンコクで小堀晋一が9月24日写す

誠屋タイランドではコロナ禍でタイ人消費者が多く来店するようになった=タイ・バンコクで小堀晋一が9月24日写す

●食は毎日のことだから面白い

開業15周年を迎えたタイ・バンコクの日本食材卸販売「誠屋タイランド」は、ちょっと独特な風変わりな店だ。日本食レストランやホテルなどへの営業は原則としてしない。日本語フリーペーパーなどへの広告掲載もごくわずか。消費者が知る情報は客同士の口コミがほとんど。客を呼び込む「商品力」が、成長へと向けたけん引力だ。

2016年5月に入社した店長の菅野力鳴さんはスーツ姿で日々店に立つと、来店客の話し声に耳をそばだてる。何のことはない会話、ちょっとした一言に店舗運営のヒントが隠されているからだ。タイ人客が「アロイ(おいしい)」と口にしていれば、商品棚に足を運んでさっきまで客が手にしていた商品を確認する。こうした生きた消費者動向が、売れる商材群を形作っている。

「売れそうな商品を残し、売れないものを思い切って切るのが原則」という菅野さんだが、中には1年後にブームとなる商材も。「そこが悩ましい」とも打ち明けるが、相応するだけの奥深さや魅力も十分に感じているとも話す。

「食べるということは人間の暮らしの中で日々繰り返されること。毎日のことだからこそ食は面白い」

東京で生まれ、横浜で育った。語学学習が好きで、スペインでスペイン語を学んだ後に台湾に渡った。世界人口約75億人のうち中国語の話者は約15億人。5人に1人が中国語を話すのだから、スペイン語と英語を合わせれば「ほぼ全世界の人々と会話ができる」と考えた。

中国語をマスターした後は、華僑が多い国際都市シンガポールに居を移した。ちょうど10年前のこと。同地では飲食関連の会社に入り、マネジメントの仕事に就いた。在籍スタッフは案の定、シンガポリアンにベトナム人、中国人など国籍豊かだった。

職場では当初、文化、風習、習慣の違いなどにとまどった。店頭に置かれたチップボックスの意味から教えなくてはならなかった。だが、一方で日本食がシンガポールでも広く認知されていることも知った。出店ラッシュも続いていた。日本食の魅力にだんだんと引かれていった。

ちょうどそのころ、タイを出張で訪れる機会があった。前年の大洪水からの復興特需にあったタイだったが、日本食についてはまだまだ伸びしろがあると実感した。タイ独特ののんびりとした空気にもなじんだ。こうして再び渡航を決意。自身4ヵ国目となる海外暮らしが始まった。

食に的を絞って就職先を探した。ちょうど一般応募していたのが誠屋だった。それまでと同じ日本食材に関わる仕事。「すんなりと入って行けた」

タイで日本食が浸透するようになった今、菅野さんはタイをハブとした日本食材の広がりにも関心を持っている。現に周辺国では日本食レストランなどが徐々に出店を始めている。「タイで生産された工業部品などが周辺国に輸出されているように、日本食材の需要も増して行くに違いない」と読む。当分はタイで暮らしていくつもりでいる。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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