海外日本食 成功の分水嶺(137)和牛卸「デリカ(タイランド)」〈上〉

卸・商社 連載 2022.01.12 12346号 03面
日本から輸入した和牛を手にする関森大貴さん=タイ・バンコクで小堀晋一が11月27日写す

日本から輸入した和牛を手にする関森大貴さん=タイ・バンコクで小堀晋一が11月27日写す

●牛肉を食べるようになったタイ人

タイにあるステーキハウスや焼肉店が、現地のタイ人客で大にぎわいとなっていることを聞かされ驚いたとしたら、貴方は十分なタイ通といってよいだろう。それくらい、タイの牛肉は硬くてまずかった。首都バンコクや屈指の観光地パタヤーでステーキを注文したことがあったが、噛み切れずに完食できないことが何度もあった。かつて、タイでは牛肉はとても食べられる代物ではなかった。

ところが今やバンコクのみならず、地方にあるステーキハウスなどはタイ人客であふれ、赤ワイン片手に舌鼓を打つ若者たちの姿が後を絶たない。信じられないことに、タイ人が牛肉を食べるようになったのだ。この国の牛肉市場を知る人々の間では、この劇的な変化は後世まで残る語り草として受け止められている。

日タイ合弁企業の食肉卸「デリカ(タイランド)」の日本人担当、関森大貴さん(40)もそうした一人。7年前に赴任したばかりの時タイの牛肉市場は極めて寂しかった。おいしい牛肉店がなくはなかったが、そうした店は高額で入店できる客もごくわずか。多くのタイ人客はまずい牛肉を敬遠し、豚肉や鶏肉を好んで食べていた。

風向きが変わったのは4年ほど前からと関森さんは記憶している。日本人や外国人が多く暮らすスクンビット地区で安価な外資系のステーキハウスが相次いで開店。瞬く間に現地の消費者に浸透していった。こうした店では連日、長蛇の列ができ客足は途絶えない。バスに乗り遅れまいと、ハンバーグ店や日本式焼肉店の開店ラッシュが始まったのも、このころからだった。

この流れは、タイで海外旅行が流行となった2014年以降からと時期を等しくしている。日本でも13年7月からタイ人旅行客の短期滞在ビザ(査証)が免除となり、爆発的に日本に向かう旅行者が増えた。旅行先で食べたおいしい魚や牛肉を、帰国後のタイでも同じように食べたい。そんな消費者が増えていった。

タイで食肉としての牛肉がこれまで根付かなかったのは、熱帯という気候や風土が大きい。牛は重い農作業に欠かせない労働力で、そもそも食べるものという意識は希薄だった。牛を対象とした畜産・酪農といった産業もほとんど育たなかった。文明開化以前の日本でそうだったように、タイでは牛肉と食の結びつきはあまりなかった。

もう一つ、厚い信仰心の仏教徒が多いタイで、牛肉食を禁忌とする宗派が存在したことも大きい。これらの宗派を信じる家では、牛肉は食卓に上らない。飲食店でも注文しない。結果、牛肉を食べないタイ人層が社会に一定数存在した。

牛肉食の拡大とともに関森さんの仕事も多忙となった。タイ人消費者の舌は肥え、神戸牛や松阪牛などのブランド牛を求めるようにもなった。ある時、「筋の多い端の部分は要らないから、真ん中のおいしいところだけ持ってきて」という、注文があった。丁寧に説明をして、さすがにそれは断った。

タイの牛肉食は今、空前のブームといっていいだろう。米国産や豪州産も人気だが、日本の和牛もその名称がそのままメニューに載っている。ライバルも増えた。関森さんは次の一手を考えている。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら

書籍紹介