海外日本食 成功の分水嶺(176)町中華「福いち飯店」〈下〉

外食 連載 2023.10.30 12668号 05面
「福いち飯店」では日本人駐在員をターゲットに内装も町中華風にこだわっている=タイ・チョンブリー県で小堀晋一が10月1日写す

「福いち飯店」では日本人駐在員をターゲットに内装も町中華風にこだわっている=タイ・チョンブリー県で小堀晋一が10月1日写す

●コンセプトをはっきりと

町中華「福いち飯店」は、在タイ10年を超えた大阪出身の長谷俊也さん(42)が店長を務める普段使いの飲食店。取材に訪れた10月の日曜日午後もひっきりなしに日本人客が訪れ、ラーメンやギョウザ、中華丼などの「日本食」に舌鼓を打っていた。

3000~4000人の駐在日本人が暮らす街だというのに、不思議と町中華が存在していなかったことは前回書いた。あれこれ聞いて回ってはみたものの、結局その理由は分からなかった。だが、そこに目を付けた人がいる。福いち飯店のオーナーで自身でも飲食店を経営する石原昭一さん(50)だった。

新型コロナで店内営業ができずに、店を手伝ってくれていた長谷さんと日本のTVを見ていた時のことだ。とあるBS局で日本各地の町中華を取り上げる番組に目が留まった。地域の住人たちが普段使いする店。そこをカメラクルーが訪ね、料理はもちろん店主の人柄も紹介する。そんなコンセプトにヒントを得た。

石原さんは、かねて複数店舗の出店を考えていた。ただ、すでに飽和状態ともされるバンコク都内はリスクが高いとして積極的にはなれないでいた。「出店するならコンセプトを明確にして、狙いは地方だ」。その一つとしてかねて脳裏にあったのが、バンコクから車で1時間30分~2時間のシーラチャーだった。

町中華は確か、なかったはずという記憶を確かめるために現地に飛んだ。一通り視察を終え、それが間違いでないことを確認した。さらに周囲に、どんな日系飲食店があるのかの情報も得た。狙うは相乗効果。知人の紹介ですでに営業している飲食店の隣地が空いていることが分かった。内装工事も含め出店まで2ヵ月もかからなかった。

シーラチャーのほかにも候補地はあった。例えば、タイで人口最多イサーン地方(東北部)の玄関口ナコーンラーチャシーマー県。バンコクの店で働いてくれているタイ人従業員の故郷だった。彼の協力も得られれば、安価で最適な物件が賃貸でき、良質な食材を使って料理も安価で提供できると読んだ。

「アフターコロナの今は全国どこでも競争が激しく、コンセプトをはっきりしないと続かない。店を出してから考えるという方法はこれからは通用しない」と石原さんは解説する。

方向性が決まれば、後は信頼できる人に託すだけだ。石原さんは大阪出身の元サラリーマン。タイで飲食業を学ぶに当たり親身になって協力してくれたのが、後に福いち飯店で店長を務めることになる長谷さんだった。

長谷さん自身もその気持ちを十分理解しており、期待に応えようとする。その上で、「まずはシーラチャーで日本人駐在員の集客を目指す。日本人客もタイ人客も追っていては一兎も得られない」と決意を語る。当面は日本人の口に合った町中華メニューに限定して勝負をかける方針だ。

ただ、そんな中でも忘れないようにしているものが一つだけあると長谷さんは明かす。それは何かと尋ねると、「あれですよ」とずらりと壁に貼られたメニューの上部を指して教えてくれた。

そこには「たこ焼き~近日提供予定~」と書かれた札が貼ってあった。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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