海外日本食 成功の分水嶺(159)スピークイージーバー「OPIUM」〈上〉

外食 連載 2023.01.23 12523号 04面
スピークイージーバー「OPIUM」オーナーのアノンさん(右)とヘッド・バーテンダーのマッテオさん=アノンさん提供

スピークイージーバー「OPIUM」オーナーのアノンさん(右)とヘッド・バーテンダーのマッテオさん=アノンさん提供

●日本酒や味噌、わさびがカクテル素材

2022年の年の瀬にタイ・バンコクにグランドオープンしたスピークイージーバー「OPIUM」は、日本酒や味噌、わさびなどの素材を使ったカクテルが人気の一風変わったバー。旧市街の中華街(チャイナタウン)の一角にあって、静かに酒を堪能するにはもってこいの店だ。米禁酒法時代をほうふつとさせるレトロな造りと立地、そして良質なメニューに魅せられ、今日も夜な夜な、紳士や淑女が門をたたく出会いと記憶の場所だ。

オーナーのタイ人男性アノン・フーントラクルさん(44)(愛称KK)は、幼少期をフランスで過ごした。両親が経営していたのは、バーカウンターが併設されたタイ料理店。そこが当時、アノンさんが最も多くを過ごした場所だった。

学校から帰って宿題をする時も、一人で夕食を済ます時も、カウンターの端っこが居場所だった。いつしか目に止まるようになったのは、カウンターに立って静かにカクテルを作るバーテンダーの姿。複数の酒や素材が組み合わさっては鮮やかな色彩とともに生まれ変わる未知の様子を、ただ無心で眺めていた。それは、まるで魔法を見ているかのようだった。

「いつかは自分も、あんなカクテルを作ってみたい」。そう心に刻み込んだ少年は、成長すると飲食の道に進んだ。それが定められた当然の道のように感じられた。まずは両親と同じタイ料理店「アンヤー」をバンコクに出店。飲食業のハウハウを得た。慣れてきたところでバーの出店を計画したが、突如襲ってきたのが新型コロナウイルスの感染拡大だった。それでも、21年末にはソフトオープンにこぎつけることができた。

アヘンを意味する店名の「OPIUM」は、その昔、この場所でアヘンの生産が行われていたことに由来するものだ。医療用アヘンの栽培がタイでは合法の時代だった。築100年を超える歴史あるビルのイメージがバーのコンセプトと重なったことから店名とした。ここの4、5階をOPIUMが使っている。1~3階には知人が経営するレストラン「POTONG」が入居する。

ヘッド・バーテンダーには、バンコクで知り合ったイタリア・サルデーニャ島出身のイタリア人、マッテオ・カデドゥさん(33)を起用した。コロナ禍前までイタリア、タイ、シンガポール、インドなどの現場でキャリア経験を積んだ職人だ。カクテルに関する豊富な知識量と持ち前の明るさで、店をリードしてくれると信じた。

そのマッテオ氏は「日本の職人がこだわって作り上げた日本酒にはとても深い関心を抱いている」と話す。「故郷のサルデーニャ島にはない(日本酒の)独特な香りがとてもユニークだ」とも。日本酒のほか濁り酒や焼酎、梅酒、味噌、わさび、大葉、海苔といった日本産の酒類・食材もカクテルの素材としてふんだんに活用している。

スピークイージーバーという名称は、禁酒法の時代には非合法に酒を飲む場所の代名詞と使われた。だが、現在は街の喧騒(けんそう)から離れ、静かに酒を嗜(たしな)み、語る場所として受け止められている。

本場ニューヨークの社交場と比べても遜色ない神秘的な店が、深夜のバンコク・チャイナタウンで時を刻み始めた。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

購読プランはこちら

非会員の方はこちら

続きを読む

会員の方はこちら