海外日本食 成功の分水嶺(112)安全食材宅配業「マノフードサービス」〈下〉

総合 連載 2020.11.30 12153号 04面
コラコットさん夫妻が昨年8月にオープンさせたパン店「コロネ」=タイ・チョンブリー県で小堀晋一が10月19日写す

コラコットさん夫妻が昨年8月にオープンさせたパン店「コロネ」=タイ・チョンブリー県で小堀晋一が10月19日写す

●焼きたてパン、日本の味を忠実に守る

日本人の駐在員世帯などに安全食材を宅配している安全食材宅配業「マノフードサービス」のタイ人オーナー、コラコット・ピムタウォンさんは東北部(イサーン地方)の出身。高校を卒業後の1995年、単身日本に留学した。入学先の東京農業大学では農業機械やロボットなどの設計・開発を専攻。大学院修士の学位を取得した。留学中の2002年にはアルバイト先のタイ料理店で妻の紀子さんと知り合い結婚。その直後に夫婦でタイに帰国した。

当初は、日本で得た学術知識を故郷の発展に役立てようと大学教員の道に。北部ウッタラデット県で教職に就いたが、当時の大学教員の給与水準は平均的なサラリーマンよりもはるかに低く、それだけで家族を養うことはできなかった。

「せっかく覚えた日本語や知識。お世話になった日本のために何か役立つことがしたい」と常々思っていたというコラコットさん。移り住み、職に就いていた東部チョンブリー県シーラーチャーで脱サラを決めたのも、ここに主に駐在員の日本人コミュニティーがあるからだった。

マノフードサービスで安全野菜から肉、卵など一通りの食材が提供できるようになって、しばらくのこと。なじみの顧客から「おいしいパンが食べたいわ」と何気ない相談があった。確かに日本のパンはおいしかった。学生時代に暮らした東京・世田谷の商店街。パン屋の主人も人情味にあふれる人だった。

「パン屋をやろう」。早速、物件を探索。街北部にちょうど良い空き一軒家を見つけた。改修しオーブンを入れ、パン店「コロネ」がオープンしたのは2019年8月。店頭販売のほか、他の食材とは別にデイリー宅配も行っている。パン職人はバンコクで15年以上の経験を持つというタイ人女性のダオさんを招いた。毎朝5時、業務補助の夫とともに出勤。パン生地も粉から店内で作っていく。食パンから調理パン、菓子パンまで約50種類が次々と成形され、焼き上げられていく。店は午前9時にはオープン。なじみの日本人客のほか、新しもの好きのタイ人らが足を運び、買い求めている。

調理パンや菓子パンのメニューは、あんパン、クリームパン、メロンパン、カレーパンなど懐かしい“昭和の味”ばかり。日本人のベテラン・パン職人から技術を受け継いだダオさんが、忠実に日本の味を守っている。試しに食してみたあんパンとメロンパンは、幼いころ日本で食べた記憶そのものだった。

こうしてうまく始まったかに見えたパン事業だったが、「ただ一つ、誤算があった」とコラコットさんの妻・紀子さんは笑う。パンはタイ語で「カノン・パン」。菓子が「カノン」であることから分かるように、あくまで菓子の派生食品というのが大方のタイ人の認識だった。このためタイ人客が買い求めるのも食事代わりではなく、おやつとして二つ三つ。「タイのお客さんへの浸透が今後の鍵」と紀子さんは話す。

おいしい焼きたてパンの製造・宅配を始めて1年。すっかり現地に根付き、顧客からの信頼も獲得した安全食材宅配業「マノフードサービス」。コラコットさん夫妻は今日も仲むつまじく、シーラーチャーの街を配達で忙しくしている。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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