海外日本食 成功の分水嶺(97)居酒屋「恵美須商店」〈上〉

外食 連載 2020.04.10 12037号 03面
恵美須商店スクンビット26店の従業員。前列中央左が石田兼一さん=提供写真

恵美須商店スクンビット26店の従業員。前列中央左が石田兼一さん=提供写真

 ●タイで1番の居酒屋目指す

 七福神の恵比寿さまを思い起こすキャラクターに、大阪なんばを連想させるような色使いやデザイン。居酒屋「元祖串かつ・恵美須商店」は、どこか遊園地や縁日にも出掛けたかのような気持ちにさせる不思議な酒場。さらに、それでいて北海道が発祥というのだから2度目の驚き。そして、手つかずの形でタイ・バンコクに進出したというのだから、三つ目のびっくりだ。

 タイ1号店となる「恵美須商店スクンビット26店」が開業したのは昨年11月15日。おそらく、タイのお客さんは目を白黒させたはずだ。タイ人に大人気の北海道といえば、見渡す限りのパウダースノーに、夏は美しい薄紫色のラベンダー。雄大な自然とおいしい海の幸。ところが、大阪の味満載コテコテの恵美須商店はおいしい刺し身こそあれ、その中心は看板にもある揚げたての串かつ。しかも定番の「ソースの2度づけ禁止」だ。

 「そのあたりのミスマッチング的なエンターテインメント性が評価されたのかも」と話すのは、運営会社「オーシャンリゾート」(札幌市)の専務でタイ法人のマネジング・ディレクター石田兼一さん(42)。一切ローカライズはせず、日本にあるそのものをタイに持ってきた点が受け入れられたと分析する。「昼から飲める店!!」を掲げるだけあって、夕方早い時間から満席になることも少なくない。これまでタイになかった異色の居酒屋だ。

 同店がもう一つこだわったのが値段だ。串かつ1本18バーツ(約60円)からは、日本よりもはるかに安価。出店前、現地を視察する中で妙に気になったのが価格設定だった。「もう少し安くしても十分利益は確保できるし、タイ人客も呼べるのに」と感じた石田さん。日本に戻り打ち合わせを重ねる中で、自然と方向性が定まったと解説した。

 人気の刺し身盛り合わせ「黒船盛」333バーツは原価ギリギリだが、18バーツから小刻みに10バーツずつ上がっていく看板料理の串かつは、「実は予想以上に利益率が高いものもある」と石田さんは明かす。日本の店でも実施しているメリハリを付けた価格設定をすることでトータルとしての収益増加につなげている。

 開店からわずか3ヵ月にして人気店の一つに上り詰めたことから、秘めていた多店舗展開にも進出する。すでに現在の1号店から徒歩7~8分のところに2号店用の物件を用意。内装や従業員のトレーニングを経て、5月中旬にはオープンさせたい意向だ。目と鼻の先に二つの店舗が並ぶことになるが、“共倒れ”の懸念はないという。「日本でも道路を1本挟んだだけで客足は変わる。ここには別の需要がきっとある」と語った。

 石田さんの夢はさらに広がり、関心は周辺国ベトナムや遠く欧州などにも向けられる。自身はもともとWeb制作部門の責任者。ふとしたきっかけで飲食部門に関わるようになったが、「こちらの方が楽しくてやめられない」とも。当面の目標は「領収書を切らずに、個人でタイ人の部下たちと気軽に来ることのできるような店づくり」。それはつまり、タイナンバーワンの日本式居酒屋だ。(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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