海外日本食 成功の分水嶺(179)おにぎり専門店「こめこめCLUB」〈上〉

連載 外食 2023.11.29 12683号 06面
バンコクに誕生したおにぎり専門店「こめこめCLUB」と調理担当のリサさん=タイ・バンコクで小堀晋一が11月8日写す

バンコクに誕生したおにぎり専門店「こめこめCLUB」と調理担当のリサさん=タイ・バンコクで小堀晋一が11月8日写す

 ●タイでかつてないブーム

 奈良時代にはすでに存在していたとされるおふくろの味のおにぎり。日本を旅する外国人が増える中で、東南アジアのタイでも旅先の日本で食べた味が忘れられないという人が少なくない。そんな声に応えようと、今年7月にバンコクにオープンしたおにぎり専門店がある。かつての人気バンドにあやかった「こめこめCLUB」。握っているのは、日本からやってきた日本人女性とラオス人、ミャンマー人の乙女3人組。多い時で1日当たり200個も握るというこの店が、タイのおにぎりブームの火付け役となっている。

 こめこめCLUBの一日は忙しい。朝9時過ぎには仕込みが始まり、午前10時に開店。ランチタイムになると電話による注文や来店客が殺到し、握る手も休まらないほど。作り置きはせずに、注文を受けてから一つ一つ握るため、常にスタンバイの状態でいなければならない。手のひらのちょっとしたやけど程度は日常茶飯事だ。

 閉店は、夕食の時間が終わる午後8時。それから片付け、翌日の準備。さらには食材の確認・注文などを終えると、気付けば午後9時を回っている。交代で休みは取るが、店そのものは年中無休のフル回転だ。

 東北地方出身のリサさん(23)も、おにぎりを握る中心スタッフの一人。今年3月に地元の大学を卒業した後、この仕事に就いた。友達の多くは地元で就職したり、東京で念願の一人暮らしを始めたり。もちろん、そういった生活にも憧れはあったが、かねて関心を寄せていた海外での生活に思い切ってチャレンジすることにした。

 食材は大半が日本からの取り寄せ。コメは新潟産のコシヒカリをブレンド使用。海苔は九州・有明産のものに厳選。塩は沖縄のサンゴ礁海域の海水から作る粟国の塩。さらに、具材は梅干しが紀州産、イクラが北海道産、すじことサケが青森産とこだわりは尽きない。その目的を「日本の本場の味をタイの人たちに知ってもらいたいから」とリサさんは説明してくれた。

 タイのおにぎり市場は、かつてない活況の様相を示している。飲食店では、きちんとした食事のメニューとしておにぎりを提供するようになった店が少なくない。また、日本の大手小売チェーングループが、タイの大型商業施設に専門店を設置するなどブームに乗り遅れまいとする動きも広がっている。

 ところが、こう書くと、数年前まであったタイのおにぎり事情を知っている人は、きっと首をかしげるに違いない。当時は専門店はいまだ存在せず、陳列しているのはコンビニエンスストアがせいぜい。それもすっかり冷め切っていて、ご飯は固く、具材もトビッコとマヨネーズのワンパターン。賞味期限も不思議なほどに長く、日本のコンビニ店頭などで見る光景とは雲泥の差があったからだ。

 タイで日本のおにぎりが人気を集めるようになった理由の一つに、コロナ禍の巣ごもり需要を挙げる意見が有力だ。少しでも健康に優しく、手軽に食べられ、しかもおいしいもの。こうしたニーズがコロナ後に一定程度、おにぎりに向かったというわけだ。

 そのような中で誕生した専門店こめこめCLUB。リサさんたちがまとまった休みを取れるのは、もう少し先のことになりそうだ。(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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