海外日本食 成功の分水嶺(107)北海道レストラン原始焼きスクンビット26〈上〉
●再来店動機の獲得が大切
タイ・バンコクのスクンビット地区にある「北海道レストラン原始焼きスクンビット26」には、客の関心を呼び込む仕掛けがいくつもある。名物の北海道厚岸産のカキは、提携先の水産会社による水揚げ後、羽田空港近くの特殊な水槽で丁寧に保管。いよいよ出荷となって水槽から引き上げられると、後はわずか1日でタイの店舗まで到着する。
日本国内と変わらない上鮮度。時間の経過などによる臭みなども一切なく、取れたての味が熱帯の南国で味わえる。北海道近海のミネラルを豊富に含んだ肉厚のカキ。同店のトップを行く人気メニューの一つだ。
殻のむき方にもこだわっている。日本で通算11年のオイスタバー勤務経験があるオーナーの小澤将生さん(37)が、その技法を調理担当のタイ人スタッフに直接伝授。水で洗う際、含まれている産地の海水をできるだけ流し落とさないよう細心の注意を払っている。こうして、水揚げ時のプリプリ感とほのかな塩気を残したカキは客席へ。おいしくないはずがない。
見せる料理にも工夫を凝らし得ている。客の目の前で調理する、もう一つの同店名物「特製ホールチーズパスタ」。ゆで上がったばかりのパスタを、客席前に運んできた直径70、80cm高さ20cmはあろうかという巨大なイタリア産チーズの上で直接調理。熱々の、さらには溶け出したチーズが見事に絡まった絶品の一品。タイ人客の人気ナンバーワンだ。
こうした仕掛けを相次いで導入している理由について小澤さんは、「どうしても見た目の華やかさばかりに目が行ってしまうタイの飲食業界で、この店にしかないという特徴を出すため」と解説。その上で、「接客の在り方や調理の見せ方、表には出てこない真の味覚も重要な要素と考える。それが集客につながるはずだ」と胸の内を明かしてくれた。
それだけではない。オーナーといえば店の裏側か片隅で静かに客を待ち、従業員を監視するのが常態であるところ、小澤さんは自ら客席を1テーブルずつ回ってあいさつや声掛け。客がどのような反応をしているか。サービスを十分に喜び、楽しんでいるか。自分の目と耳、そして全身で確認する作業を日々続けている。
サービスが十分に伝わってなければ即座に改善を実施。喜んでいると分かれば、それが2倍3倍となるような決めの接客を施す。「すべてはお客さんに特別感を持ってもらうため。再来店動機を獲得できるかどうかが、存続の大きな分かれ目だ」と話した。
とはいえ、そんな同店も新型コロナウイルスの感染拡大によって客足は一時激減。まだ夜間外出禁止令が発令されていた5月は、売上げが平年の4分の1までに落ち込む痛手となった。ライバルであり競争相手でもあった他のレストランの中には、閉店を余儀なくされるところも。この窮地を乗り越えられるかが運命の分かれ目となった。
原始焼きスクンビット26は、見事にそれを乗り切った。来店者数も徐々に回復基調に乗っている。「コロナ禍で、タイのお客さんにこうしたら喜んでもらえるということがよく分かった」と話す小澤さん。ピンチをチャンスに変えた自信が今はある。
(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)