海外日本食 成功の分水嶺(102)宅配弁当店「まんぷく弁当道場もぐもぐ」〈下〉

総合 連載 2020.06.08 12062号 03面
「まんぷく弁当道場もぐもぐ」オーナーの桑原康人さん(中央)とスタッフ=タイ・バンコクで小堀晋一が5月17日写す

「まんぷく弁当道場もぐもぐ」オーナーの桑原康人さん(中央)とスタッフ=タイ・バンコクで小堀晋一が5月17日写す

●コロナ禍でも増収増益

1月、タイの首都バンコクで桑原康人さんが営む宅配弁当店「まんぷく弁当道場もぐもぐ」は、前オーナーから店を引き継いでちょうど1年を迎えていた。メニューの見直しや配達エリアの拡大などが進み、ようやく順調に動き出した自分の店。ところがそのころ、耳を疑うようなニュースに触れる。「新型コロナウイルスが東南アジアにも感染拡大」–。今に至るパンデミック(世界的大流行)の始まりだった。

SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)の名前は聞いたことがあったものの、実体験は全くない。感染症といえばインフルエンザだが、はるか遠い記憶の中に学校で学級閉鎖があったことくらい。それが、タイにも迫っているのだという。店はどうなるのか。配達はできるのか。不安が一気に襲ってきた。

タイ政府は感染が広がると、公権力を使って人が集まるすべての飲食店の店内営業(店内飲食)の禁止を命令。一気に街から人が消えた。だが、食事の持ち帰りと宅配、食材の購入については例外とされ、弁当販売は辛うじて規制の外として残ることとなった。

ここが勝機と見た桑原さん。スタッフを増員して、翌日からの注文に備えた。自宅に引きこもりを余儀なくされた人々は、感染が怖くて容易に買い物にも行かれない。きっと食事にも困っているはずだ。こうして一気に沸騰したのが弁当などの宅配需要だった。

毎朝午前10時の始業から間を置くことなく入ってくる弁当の注文。いつもの一つや二つではなく、5個、6個といったまとめ買いがほとんど。配達員と接触したくない人には、マンション・ロビーのテーブルに置いて現金と引き換えに受け取ってもらった。現金の受け渡しさえ心配だという客には桑原さん自身の銀行口座を知らせ、オンラインで入金してもらった。

一斉に店内飲食の停止を命じられた飲食店が、弁当の持ち帰りや宅配に切り替えるまでのタイムラグも、結果としては追い風となった。誰もが経験したことのない未曽有の惨事。営業できなくなった飲食店のオーナーらは当初の数日間は途方に暮れていた。やがて、1軒、2軒と宅配などに切り替える店が出るようになったが、そのころ桑原さんの弁当店は多くの顧客を抱えるまでとなっていた。

日頃から、注文専用アプリを導入したり、デリバリー用のチラシを配布してきたことが功を奏した。配達スタッフのために作っていた地図も役立った。コロナ禍に見舞われて以降増えた弁当店の会員は、なんと1000人以上。「コロナ以前に取り組んできたことが一気に実を結んだ」

一方で、桑原さんは責任と危機感も感じている。「一気に増えたこの1000人をしっかりとサポートしていかなければ、すぐにお客さんは逃げていってしまう。浮かれている余裕は全くない」と。

3月下旬に発令された非常事態宣言は6月末にも解除の見通しだ。この間、弁当店を含め飲食店はずいぶんと辛酸をなめ、中には力尽きたところも。だが、新たな模索と挑戦も始まっている。

来る7月、バンコクの「食」をめぐる地図は、おそらく大きな変化を遂げていることだろう。(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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