海外日本食 成功の分水嶺(158)鉄板焼肉専門店「博多アイアンマン」〈下〉

外食 連載 2022.12.28 12514号 08面
博多アイアンマンのカウンターには、3種類の秘伝の味噌が常備してある=タイ・バンコクで小堀晋一が11月23日写す

博多アイアンマンのカウンターには、3種類の秘伝の味噌が常備してある=タイ・バンコクで小堀晋一が11月23日写す

●単品路線やめ、複数メニューで

キャベツに豚肉だけというシンプルだけど奥が深い福岡・博多発のB級グルメ鉄板焼肉の専門店「博多アイアンマン」がタイに進出してから間もなく9ヵ月。11月下旬、久しぶりにタイ・トンロー店のれんをくぐると、メニューの構成が大きく変わっていることに驚いた。

一品勝負だったスタミナ鉄板に加え、牛ホルモン鉄板、ハンバーグ鉄板、豚バラ味噌鉄板と、メニューのラインアップが増えていたのだ。店を預かる現地統括マネージャーの俵新一郎さんに尋ねると、「いろいろと試してみたが、タイ人ら外国人客にとって多彩で豊富なメニューの中から選んでもらうということも大切だと気が付いた」と返事が返ってきた。

提供するメニューは日本と同じ1種類だけという当初方針には、出店直後から懐疑的な見方をする人もいた。半年間チャレンジしてみて分かったことは、食事の楽しみ方が日本とは異なるということ。日本人はシンプルさの中に味わいの奥深さを楽しむが、タイ人ら外国人客はそれだけでは満足しない。先日もカップルの2人客が来店したが、「僕はスタミナ鉄板」「じゃあ、私は豚バラ味噌鉄板。途中で交換しようね」と楽しそうに注文していた。メニューが1種類だけの時は、入店を取りやめる客もいたほどだ。

思わぬ路線変更となったが、俵さんに曇った表情はない。「今はまだ初年度目標の5合目。(満1年となる)来年4月までに何としても達成したい」と自身を鼓舞する。「路線変更ぐらいでクヨクヨしていられるか」といった顔つきだ。

博多アイアンマンの立ち上げメンバーの一人であった俵さんだが、同じ福岡出身ながら実は鉄板焼肉とは無縁の少年時代を送っていた。「それだけ鉄板焼肉が特定地域限定のソウルフードだということ」とも。だから、大人になって初めて食べた時の衝撃は今も忘れられない。

その俵さんは、若いころは建築関係の仕事に就くなど飲食とは無縁の仕事をしていた。だが、実父が料理人であったことなどから次第にその道へ。20代の終わりのころにはラーメン店に就職し、飲食店の経営ノウハウや店作りを学んだ。いつか店の立ち上げを経験したいと思っていた時に声を掛けられたのが、博多アイアンマンだった。

多メニュー化に大きくかじを切ったタイ・トンロー店だが、さらなるサービスの向上にも余念がない。

例えば、食事の際にのどを潤すビール。当初は日本産のものだけを置いていたが、タイでは地場ビールがシェア9割を超えそちらの方が好まれる。そこで急きょ種類を増やし、現地の客層の舌に配慮した。

「お客さんをどれほど喜ばせられるかが飲食業の醍醐味」と話す俵さんの目下の関心事は、徹底した現地化だ。調理は可能な限りタイ人スタッフに任せ、新たなメニュー開発も現地の消費者目線を大切にする。何かヒントがないか、今日も出入りする客層の表情とにらめっこ。その計算式がようやく見えるようになった今、楽しみなのは来年4月の第1期収益決算だ。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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