海外日本食 成功の分水嶺(83)おにぎり販売「カフェ21」〈上〉

外食 連載 2019.09.09 11938号 03面
おにぎり販売を担当するノックさん(左)と小田原靖社長。手にするのが海苔シートだ=タイ・バンコクで小堀晋一が8月24日写す

おにぎり販売を担当するノックさん(左)と小田原靖社長。手にするのが海苔シートだ=タイ・バンコクで小堀晋一が8月24日写す

●おにぎり伝えた日系企業

ふっくら艶やかな日本米に、ちょうど良い塩加減。アクセントの効いた新鮮な具材に、パリパリ海苔の醸し出す潮の香りが一段と食欲をそそる。これぞ日本発祥のソウルフード、おふくろの味「おにぎり」。どこでも食べられる手軽さが、また人気の秘訣(ひけつ)だ。

このおにぎりを東南アジアのタイで、ブームとさせた日系の会社がバンコクにある。1994設立の人材紹介業「パーソネルコンサルタント・マンパワー・タイランド」。タイ労働省から許認可を受けた人材紹介会社で、最多の人材紹介数を誇ることから表彰も受け続けている優良企業。おにぎりを店頭で販売するという副業は、ちょっとしたタイミングとアイデアから始まった。

2014年のとある日、パーソネル社の小田原靖社長は目の前に並べられた炊飯ジャーやしゃもじなどといった調理器具を眺めながら、どうしたものかと考えていた。その少し前に、近くのビルで経営していた飲食店の「みっちゃん」を閉じたばかりだった。「飲食業は難しい」。そう痛感した小田原社長の次の一手が放たれようとしていた。

思案した揚げ句に選んだのが、パーソネル社店頭でのおにぎり販売。今では当たり前になったファストフードだが、わずか5年前まではコンビニエンスストアはおろか、タイではまだ目にすることは少なかった。福岡市の実家が自営業の同社長。「ないものを売るのが商売の鉄則」と、海のものとも山のものともつかぬ日本のソウルフードに活路を見いだそうとした。

主役の日本米は、北部チェンライ県で栽培された販売ルートを知っていた。具材は、すでに日系の商社がサーモンやツナ、エビコなどを取り扱っていた。残る難題が、炊いたコメをおにぎり型に成形する金枠と、仕上げに包み込む海苔の入ったフィルム製のシート。いずれも当時のタイの市場ではほとんど流通していない希少品だった。

おにぎり担当のスタッフ総出でバンコク市中の市場や食材の取扱店を探したところ、どうにかおにぎりシートは確保することができた。最後まで調達できなかった金枠は、小田原社長が日本の専門街で買い求め提供した。こうしてスタートしたのが、タイでは初の本格的となるおにぎり販売だった。販売店舗の名は「カフェ21」と名付けた。

パーソネル社の入居する商業ビルは、バンコク・アソークの一等地にある。日系をはじめ各種企業が本社や店舗を構えている。近くには名門のシーナカリンウィロート大学も。同社玄関口のちょうど目の前がビル内の主要な通路となっていることから人通りが絶えず、おにぎり販売は一気に軌道に乗った。「リピートの固定客が多い」とタイ人担当者のノックさんは話す。

ノックさんは南部ナコーンシーラマラート県の出身。大学卒業後、パーソネル社に新卒で入社。おにぎり事業には当初から関わっている。仕事には欠かせない彼女の手帳には、どの店で具材やシートを買ったといったメモがびっしり。この手帳なしには事業は回らない。「頼りになるスタッフ。任せっきりです」。小田原社長は言った。

(バンコク=ジャーナリスト・小堀晋一)

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